粘膜保護用医薬としてのホスファチジルコリン: 知財高裁平成26年(行ケ)10233
【背景】
「粘膜保護用医薬としてのホスファチジルコリン」に関する特許出願(特願2000-563262号、出願日1999年8月6日、WO00/07577、特表2002-522381)の拒絶審決(不服2012-9689号)取消訴訟。争点は進歩性。
請求項1:
疾患治療のための有効濃度で,pHに依存する遅延放出形態でのホスファチジルコリンを活性物質として含む,結腸における粘膜保護用医薬。
【要旨】
裁判所は、引用発明は「ラットを用いた酢酸誘導結腸炎モデルにおいて結腸粘膜損傷の修復に有効な量のホスファチジルコリンを活性物質として含む,結腸における粘膜保護用剤」と認定。相違点1を、本願発明では、ホスファチジルコリンを「疾患治療のための有効濃度で」含む「医薬」であるのに対し、引用発明では、ホスファチジルコリンを「ラットを用いた酢酸誘導結腸炎モデルにおいて結腸粘膜損傷の修復に有効な量で」含む「薬剤」である点と認定した上で、引用発明及び刊行物1(Digestion, 1992, Vol.53, No.1-2, p.35-44)の記載から、ホスファチジルコリンを、人間の結腸における粘膜保護用医薬として用いようとすること、及びその際の有効量や有効濃度を設定しようとすることは、当業者が容易になし得たことというべきであり、審決の相違点1についての判断に実質的な誤りはないと判断した。
相違点2(本願発明では、ホスファチジルコリンを「pHに依存する遅延放出形態で」含むものであるのに対し、引用発明ではそのような特定がない点)の判断についても、裁判所は、引用発明のホスファチジルコリンを「結腸の炎症を改善させる剤」として用いようとした場合に、結腸で作用させることを目的として、pHに依存する遅延放出形態とすることは当業者が容易になし得たことといえると判断した。
本願発明の効果の判断について、原告は、甲15及び甲16の記載は本願発明の医薬による人間の結腸の粘膜保護効果について確認し、裏付けるものであると主張したが、裁判所は、該主張の根拠となる甲15及び16は、いずれも本願の出願から10年以上経過後に発表又は頒布されたものであり、その内容も本願出願前から当業者に周知の事項であったともいえないから、これらに記載された事項を本願明細書の内容を補足するものとして参酌することはできないと判断した。
請求棄却。
【コメント】
原告が本願発明の効果を主張するために提出した、いわゆる「後出しデータ」は参酌されなかった。
一方、欧米では特許になっている。引用発明1が記載された刊行物1は、欧米でも審査で引用されていた。米国での審査状況についてはpublic PAIRが本件審査書類を掲載していないため確認できていないが、欧州での審査では、出願人は疾患を特定する補正を行ったうえで、「驚くべきことに、遅延放出形態でホスファチジルコリンの直腸または経口投与がそれら疾患を治療できることを発見した」といった進歩性の主張を行っており、その後審査官は特許査定を出したようである。
- US6677319B1
Claim 1. A method of treating of the colon mucosa, comprising administering a therapeutically effective amount of substrate phosphatidylcholine in a pH-dependent delayed time release preparation.
- EP1105141B1
Claim 1. Use of phosphatidylcholine for the manufacture of medicaments having mucosa-protecting action in the large intestine for rectal administration or oral administration with delayed active ingredient release in the lower ileum or colon for the treatment of ulcerative colitis, pouchitis, diseases of the large intestine or inflammation in the large intestine, such as Crohn’s disease, diversion colitis, infectious enteritis/colitis, inflammation caused by irradiation, antibiotics, chemotherapeutic agents, drugs or chemicals, or for the treatment or prophylaxis of carcinoma of the large intestine.
Lipid Therapeutics社が、本件特許出願の発明者(Prof. Stremmel)によってなされた研究成果に基づいて、ホスファチジルコリン遅延放出製剤を潰瘍性大腸炎の治療剤として開発中のようであり(同社webpageより)、本件特許出願はその製品をカバーするものであったと思われる。
Lipid Therapeutics GmbH was founded in early 2008 in Heidelberg. The mission is to develop novel therapies for inflammatory diseases of the digestive system. The company’s current focus is to develop LT-02, a delayed release of Phosphatidylcholine, for the treatment of Ulcerative colitis based on the preclinical and clinical work conducted by Prof. Stremmel from the University Hospital Heidelberg.
Press release: 2012.03.07 「Lipid Therapeutics licenses European rights to its lead product, LT-02, to co-development partner Dr. Falk Pharma GmbH」
同社press release 2014.10.29 「Lipid Therapeutics’ European partner Dr. Falk Pharma GmbH enrolls first patients into pivotal Phase III trial with LT-02, a novel therapy for ulcerative colitis (UC)」によれば、欧米での承認は2019年を想定しているようである。日本での本剤承認が2019年以降であるとすれば、再審査期間(8年間)による実質独占期間満了は2027年以降となる。
つまり、仮に本件特許出願が成立したとしても、20年の存続期間満了は2019年、さらに存続期間延長登録を受けたとして最長で2024年までと見積もられ、本件特許による保護期間は、再審査期間を超える見込みはない。従って、本件特許出願は成立しようがしまいが独占的な価値はないと判断できるものである。
参考:
- Lipid Based Therapy for Ulcerative Colitis—Modulation of Intestinal Mucus Membrane Phospholipids as a Tool to Influence Inflammation (Int J Mol Sci. 2010; 11(10): 4149–4164)
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