ネイティブなカタラーゼに対する抗体とはネイティブなカタラーゼのみと結合する抗体?: 東京地裁平成26年(ワ)17390
【背景】
「ヘリコバクター・ピロリへの感染を判定する検査方法及び検査試薬」に関する特許権(第3504633号)を有する原告(わかもと製薬)が、被告(富士レビオ)に対し、被告製品(メリディアン HpSA ELISAII及びイムノカードST HpSA)の輸入等が特許権侵害に当たると主張して輸入等差止及び廃棄、並びに損害賠償を求めた事案。
本件発明1:
消化管排泄物中に存在するヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼを検出することにより,ヘリコバクター・ピロリへの感染を判定するための検査試薬であって,
ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノクローナル抗体を構成成分とする
ことを特徴とする検査試薬。
(下線部が争点となった構成要件1B)
【要旨】
主 文
原告の請求をいずれも棄却する。(他略)
裁判所の判断
構成要件1Bの充足性について
「ウ 本件明細書の上記各記載を総合すると,本件発明1は,従来のヘリコバクター・ピロリの検出方法においては特異性の低さ等の問題があったことから,交差反応性がなく特異性に優れ品質管理が容易なヘリコバクター・ピロリの感染を判定するための検査試薬を提供することを目的としているところ,従来はヘリコバクター・ピロリのタンパク質が消化管中で分解されてしまうと考えられていたが,ヘリコバクター・ピロリ感染者の糞便中にヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼが存在していることを見いだしたことで,これをヘリコバクター・ピロリへの感染を判定するための指標とすることとし,ヘリコバクター・ピロリのカタラーゼ(このカタラーゼにはSDS等の変性剤で変性,乖離され,立体構造がほどかれたサブユニットに相当するタンパク質が含まれない。)と特異的に結合するモノクローナル抗体,すなわち,ネイティブなカタラーゼと特異的に結合するモノクローナル抗体を用いることで特異性が極めて高い測定を行うことができる特色を有する発明であると認められる。
そうすると,構成要件1Bの「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノクローナル抗体」とは,ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼのみと結合するモノクローナル抗体であって,SDS等の変性剤で変性されたカタラーゼとは結合しないものをいうと解するのが相当である。
エ これに加え,原告は,本件特許1~3の出願経過において,平成15年11月11日付け意見書(乙2)を提出し,拒絶理由通知により引用された刊行物2(乙10)との相違点につき,刊行物2に記載されたモノクローナル抗体はヘリコバクター・ピロリのカタラーゼをSDSにより変性,乖離させて得られた変性したサブユニットと結合するものであるのに対し,本件発明1の「モノクローナル抗体」はヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼの立体構造をエピトープとして認識するものであって,SDSにより変性されたカタラーゼとは結合することができないものである旨の説明をしている。このような原告の説明は,構成要件1Bのモノクローナル抗体につき上記ウのように解釈すべきことを裏付けるものということができる。
オ そこで,上記ウの解釈を前提に,被告製品1及び2が構成要件1Bの「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノクローナル抗体」を充足するかについてみる。~証拠(乙26,34)及び弁論の全趣旨によれば,このモノクローナル抗体(被告製品1につきIgG主抗体及びIgG副抗体,被告製品2につきIgM抗体)はSDS及び2ME(メルカプトエタノール)による変性処理並びに煮沸処理を経たカタラーゼを検出することが認められる。そして,これらの変性及び煮沸処理によってカタラーゼは完全に変性し,単量体となったものと考えられるから,被告製品1及び2のモノクローナル抗体は変性剤で変性されたカタラーゼと結合するものであるということができる。
そうすると,被告製品1及び2のモノクローナル抗体は,ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼだけでなく,変性剤で変性されたカタラーゼとも結合するモノクローナル抗体であるから,構成要件1Bの「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノクローナル抗体」に当たらない。したがって,被告製品1及び2が構成要件1Bを充足すると認めることはできない。」
【コメント】
特許発明の技術的範囲が明細書の記載及び出願経過から限定解釈された事例である。抗体に限らず、ターゲットタンパク質等に対する阻害剤、アンタゴニストなど、その特異性が特許性や記載要件で問題になる場合には、そのターゲットタンパク質等にしか作用しない抗体、阻害剤、アンタゴニストなのか、それとも一定の非特異性を許容するものなのか、明細書の記載や出願経過での主張の仕方、必要であればクレームの記載の仕方には気を配る必要があるだろ(現実的には、ターゲットタンパク質等以外には全く作用しない特異性100%の抗体、阻害剤、アンタゴニスト等は存在し得ず、なにかしらの非特異的な作用は高濃度では出てくることはクスリの宿命であるのだが)。
限定的に解釈された特許発明の技術的範囲に基づいて、被告製品が構成要件1Bを充足するか否かについての判断は、被告が提出した証拠実験資料は被告製品のモノクローナル抗体そのものが変性カタラーゼと結合したことを示していたこと、一方、原告が提出した証拠実験資料は、用いられたものが被告製品(変性カタラーゼは検出されなかったのだが)であって、被告製品のモノクローナル抗体そのものではなかったことから採用されず、結果充足しないとされた。裁判所は、構成要件1Bである「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノクローナル抗体」を充足するかどうかの視点で実験結果の採否をしっかり見極めたといえるだろう。
本特許第3504633号は、2015年2月17日に富士レビオから無効審判を請求されている(無効2015-800028)。
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