延長された特許権の効力が争点となった判決2(実質的同一物の基準に均等論を適用することは妥当なのか): 東京地裁平成27年(ワ)12415
【背景】
「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」に関する特許第3547755号(本件特許1)及び「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用」に関する特許第4430229号(本件特許2)の特許権者であるデビオファーム(原告)が、ホスピーラ(被告)各製品は本件各発明の技術的範囲に属すると主張して、被告に対し被告各製品の販売等の差止め及び廃棄を求めた事案。特に、被告各製品に存続期間の延長登録を受けた本件特許1の効力が及ぶかが争点のひとつ。
本件特許1の特許請求の範囲1(本件発明1):
濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液からなり,医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。
【要旨】
東京地裁(民事第40部)は、被告各製品は、延長された本件特許1の効力が及ぶものではなく、また本件発明2及び本件訂正発明2の技術的範囲に属しないとして原告の請求を棄却した。
裁判所が示した考えは、主に下記3点。
- 延長された特許権の効力は、当該政令処分対象物の審査事項(成分、用法、用量、効能及び効果)によって特定された特許発明の実施の範囲で及ぶ。
- 延長された特許権の効力は、被疑侵害品が、当該政令処分対象物とは異なる部分を有する場合であっても、政令処分対象物のいわゆる実質的同一物にも及ぶ。
- 被疑侵害品が実質的同一物か否かは、当該政令処分対象物について均等論(5要件)を適用して判断する。
以下、争点(2)被告各製品に延長された本件特許1の効力が及ぶかについての裁判所の判断を抜粋。
「…(略)…延長登録制度の上記趣旨に鑑みると,侵害訴訟における被疑侵害品が,当該政令処分対象物とは異なる部分を有する場合であっても,上記被疑侵害品が,当該政令処分対象物の「均等物や実質的に同一と評価される物」(実質的同一物)である場合には,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力が上記被疑侵害品についての実施行為にも及ぶと解するのが相当である。
…(略)…
実質的同一物該当性の判断基準としては,まず,特許法70条に基づく技術的範囲の属否を検討するほか,文言解釈上は当該政令処分対象物についての特許発明の技術的範囲に属しない場合であっても,信義則の見地から,当該政令処分対象物と当該被疑侵害品の差異(以下「当該差異部分」という。)について,①当該差異部分が当該政令処分対象物についての特許発明における本質的部分ではなく,②当該差異部分を当該被疑侵害品におけるものと置き換えても,当該政令処分対象物についての特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,③上記②のように置き換えることに,当該政令処分対象物についての特許発明の属する技術の分野における当業者が,当該被疑侵害品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,④当該被疑侵害品が,当該特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,⑤当該被疑侵害品が当該政令処分ないし特許延長登録に係る手続において処分ないし延長登録の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,当該被疑侵害品は,当該政令処分対象物と均等なものとして,当該政令処分対象物についての特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当であり(最高裁判所平成10年2月24日第三小法廷判決・民集第52巻1号113頁参照),かつ上記基準をもって足りるというべきである。なお,当該被疑侵害品が,延長された特許権の侵害行為に当たるといえるためには,当該特許権の技術的範囲に属している必要があることはいうまでもない。
以上の観点から,以下,本件について検討する。…(略)…
被告各製品が本件処分対象物に該当するか否かを検討するに当たっては,被告各製品が,本件処分により可能となった本件特許権1の実施の範囲にあるかを検討すべきであるから,上記審査事項の全てではなく,存続期間が延長された特許権に係る特許発明の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項(当該特許権が医薬品の成分を対象とする物の発明である場合には,医薬品の成分,分量,用法,用量,効能及び効果である。)に照らし,本件処分対象物に該当するか否を判断することが相当である(最高裁判所平成27年11月17日第三小法廷判決・最高裁判所民事判例集69巻7号1912頁等参照)。
そして,上記審査事項のうち,「成分,分量」は,医薬品の「物」それ自体としての客観的同一性を左右するものであり(ただし,「分量」については延長された特許権の効力を制限する事項と解するのは相当ではない。),また,「用法,用量」及び「効能,効果」は医薬品それ自体としての客観的同一性を左右するものとはいえないが,「用途」に該当する性質のものであるから,結局,医薬品の成分を対象とする特許発明の場合,特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権は,「物」に係るものとして「成分」(ただし,有効成分に限らない。)によって特定され,「用途」に係るものとして「効能,効果」及び「用法,用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲で,効力が及ぶものと解するのが相当である。
なお,延長登録制度の趣旨に照らし,存続期間が延長された特許権の効力が本件処分対象物の実質的同一物にも及ぶことは,前記イ記載のとおりである。…(略)…
被告各製品は,酒石酸及び水酸化ナトリウムを含有する点で本件処分対象物についての本件発明1とは「成分」が異なる。…(略)…したがって,被告各製品は本件処分対象物と同一であるということはできず,また,被告各製品は延長された本件特許1における構成要件1C「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」を文言上は充足しない。
もっとも,被告各製品が本件処分対象物の実質的同一物に当たるのであれば,延長後の本件特許1の効力が及び得る。…(略)…ここで特許発明の本質的部分の意義についてみるに,…(略)…本件処分対象物についての本件発明1の本質的部分は,オキサリプラチン水溶液について,オキサリプラチンの濃度及びpHを一定範囲とすることで,不純物の生成を抑止して,医薬的に安定なオキサリプラチン溶液を得ることにあるといえる…(略)…のに対し,被告各製品では,オキサリプラチン溶液にさらに酒石酸及び水酸化ナトリウムを添加するという手段を採用することによって不純物の発生を抑止しているのであって,医薬的に安定なオキサリプラチン溶液を得るための技術思想が異なり,当該差異部分は,本件処分対象物についての本件発明1における本質的部分の差異に当たるというべきである。したがって,被告各製品は均等の第一要件を充足するとはいえないから,本件処分対象物の実質的同一物に当たるとはいえない。
以上のとおり,被告各製品は,本件処分対象物ないしその実質的同一物に当たるとはいえず,本件処分対象物についての本件発明1の技術的範囲に含まれないから,延長された本件特許1の効力は被告各製品の生産,譲渡又は譲渡の申出には及ばない。」
【コメント】
1.延長された特許権の効力が及ぶ政令処分対象物とは、何をもって特定させるかについて
裁判所は、延長された特許権の効力は、当該政令処分対象物の審査事項(成分、用法、用量、効能及び効果)によって特定された特許発明の実施の範囲で及ぶ、との考えを示した。
これは、知財高裁大合議判決(2014.05.30 「ジェネンテック v. 特許庁長官」 知財高裁(大合議) 平成25年(行ケ)10195, 10196, 10197, 10198)の傍論として示された考えに沿うものである。
裁判所は、延長された特許権の効力は、被疑侵害品が、当該政令処分対象物とは異なる部分を有する場合であっても、政令処分対象物のいわゆる実質的同一物にも及ぶ、との考えを示した。
これも、知財高裁大合議判決(2014.05.30 「ジェネンテック v. 特許庁長官」 知財高裁(大合議) 平成25年(行ケ)10195, 10196, 10197, 10198)の傍論として示された考えに沿うものである。
3.いわゆる実質的同一物の範囲かどうかはどのような基準で判断すべきかについて
裁判所は、被疑侵害品が実質的同一物か否かは、当該政令処分対象物について均等論(5要件)を適用して判断する、との考えを示した。
判決文では、1998.02.24 最高裁平成6年(オ)1083号(ボールスプライン事件)を引用しているが、最高裁が特許発明の技術的範囲の解釈に均等論を適用した理由は、
「特許出願の際に将来のあらゆる侵害態様を予想して明細書の特許請求の範囲を記載することは極めて困難であり、相手方において特許請求の範囲に記載された構成の一部を特許出願後に明らかとなった物質・技術等に置き換えることによって、特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば、社会一般の発明への意欲を減殺することとなり、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するばかりでなく、社会正義に反し、衡平の理念にもとる結果となる」
からであって、特許権者が政令処分を受けるために実施することができなかった期間があったときはその期間の延長を認めるとの延長登録の制度趣旨のもと、特許権者と第三者との公平を考慮した結果を理由として導き出されたものではない。延長特許権の効力が及ぶ政令処分対象物の実質的同一物の範囲はどこまでなのかについての問題は、あくまで延長登録制度趣旨のもと、薬事法制度も踏まえて公平を考慮して導き出されるべきものであり、ボールスプライン事件で示された均等論適用の理由となる「出願時の侵害態様の予想困難」・「社会正義」の観点を出発点として導き出されるものではないはずである。ボールスプライン事件最高裁判決では、特許法68条の2を争点とするものではないし、もちろん、政令処分対象物に均等論を適用する旨を示したものでは全くない。
仮に、政令処分対象物の実質的同一物に及ぶ範囲に均等論(のような基準)を適用することもありとした場合でも、5要件の文言を特許法68条の2のために無理やり読み替え、特に第一要件である本質的部分でないことの基準を安易に当てはめており本判決の論理は非常に危険であるように思う。以下、「実質的同一物」の範囲について一提案したい。
後発医療用医薬品(ジェネリック医薬品)とは、新有効成分や新しい効能・効果等を有することが臨床試験等により確認され承認された新薬と同一の有効成分を同一量含み、同一投与経路の製剤であり、効能・効果、用法・用量も原則的に同一である医薬品で、生物学的同等性試験等にてその新薬と治療学的に同等であることが検証されたものである((独)医薬品医療機器総合機構)。確かに、多くのジェネリック医薬品はその製剤の添加剤成分が先発医薬品とまったく同一ではなく、中には、製剤化を容易にする、品質の安定化を図る、または使用性を向上させるなどの目的で異なる添加剤を使用している場合もある。しかし、製剤の添加剤成分が異なっていたとしても、それは溶出挙動やヒトでの生物学的同等性試験を行い、先発医薬品と治療学的に同等となるよう製剤設計されているのであって、政令処分の観点からは本質的には同等なのであり、先発医薬品たる政令処分対象物の本質的部分に依拠して(を利用して)承認されるのがジェネリック医薬品なのである。
「医薬品の承認申請について(薬食発第0331015号 平成17年3月31日)」によれば、ジェネリック医薬品の承認申請書に添付すべき資料は、ロ2(製造方法に関する資料)、ロ3(規格及び試験試験に関する資料)、ハ3(加速試験に関する資料)、ホ5(生物学的同等性に関する資料)に限られている。すなわち、その他の承認申請書に添付すべき資料は、全て先行既承認医薬品の資料に依拠できるためである((別表2-(1)医療用医薬品 (9の3)その他の医薬品(再審査期間中でないもの)の表中×印))。
ジェネリック医薬品の承認申請書に添付すべき資料のいずれかが、延長特許の政令処分対象物(先行既承認医薬品)の承認申請書に添付すべき資料に依拠(を利用)できるため提出が不要とされているのであれば、ジェネリック医薬品は当該政令処分対象物と治療学的に同等であることを示すことでもあることから、そのようなジェネリック医薬品は、政令処分対象物の実質的同一物の範囲に該当すると判断するのが妥当ではないだろうか。当然ながら、当該ジェネリック医薬品は当該特許発明の技術的範囲に属することが前提である。
このような解釈をした場合には、例えば、新有効成分含有医薬品が延長特許の政令処分対象物の場合、その有効成分を含有するジェネリック医薬品は添加剤成分が異なっていたとしても、その承認申請書に添付すべき資料のほとんどは、当該政令対象物の承認申請書に添付すべき資料に依拠して治療学的同等性を証明することになるだろうから、新有効成分含有医薬品である政令処分対象物の実質的同一物の範囲に属すると考えられるだろう。もちろん、そのジェネリック医薬品は当該特許発明の技術的範囲に属することが前提である。また、例えば、新剤形医薬品が延長特許の政令処分対象物の場合、ジェネリック医薬品の承認申請書に添付すべき資料が、先行新規有効成分含有医薬品の承認申請書に添付すべき資料だけでなく、当該新剤形医薬品である政令対象物の承認申請書に添付すべき資料にも依拠して治療学的同等性を証明した場合には、当該政令処分対象物の実質的同一物の範囲に属すると考えられるだろう(先行新規有効成分含有医薬品を政令処分対象物とする延長特許があればそれぞれ重複して当該ジェネリック医薬品に効力が及ぶということになろう)。もちろん、そのジェネリック医薬品は当該特許発明の技術的範囲に属することが前提である。一方、剤形追加に係る医薬品が延長特許の政令処分対象物の場合、ジェネリック医薬品が当該政令処分対象物の承認申請書に添付すべき資料に依拠することは少ないのではなかろうか。そのような場合には延長特許権の効力が及ぶのは、同一成分のジェネリック医薬品のみでよいだろう。
先行医薬品の承認(政令処分)を得るために実施できなかった期間分を特許延長できても、その期間中にその政令処分対象物に依拠して、利用して、フリーライドして、すり抜けてジェネリック医薬品の承認販売を認めることは、著しく公平を損なうことは確かであり、その観点から「実質的同一物」の範囲をどのように解釈するかは非常に重要であり、安易に均等論を適用し延長特許権の効力についての結論を導いた本判決には反対である。
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