プレセデックス®の医薬用途発明の特許性: 知財高裁平成29年(行ケ)10114
【背景】
被告(オリオン及びホスピーラ)らが保有する「ICU鎮静のためのデクスメデトミジンの用途」に関する特許権(4606581号)の無効審判請求不成立審決(無効2016-800031号)の審決取消訴訟。本願出願当時、デクスメデトミジンは一般的な鎮静/鎮痛ならびに高血圧または不安治療のためのα2-レセプターアゴニストとして知られていたところ、本願発明は、デクスメデトミジンが患者を安心させるためにICUにおいて患者に投与するのに理想的な鎮静剤であることを発見したというものである。原告が求めた取消事由は、新規性判断の誤り、進歩性判断の誤り、原文新規事項に関する判断の誤り、明確性要件の判断の誤りである。
請求項1(本件発明1):
集中治療を受けている重篤患者の鎮静に使用する医薬品の製造における,デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の使用であって,該患者が覚醒され,見当識が保たれる使用。
【要旨】
裁判所は、原告らの主張の取消事由はいずれも理由がなく、本件審決にこれを取り決すべき違法は認められないと判断し、原告らの請求を棄却した。以下、新規性の判断について。
1.本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の意義について
原告らは、
「集中治療を受けている患者にデクスメデトミジンを投与することによりα2アゴニストのいずれかの作用(例えば,鎮痛)をもたらせば,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」に該当すると解釈すべきである」
と主張した。
しかし、裁判所は、
「集中治療を受けている患者にデクスメデトミジンを投与することによりα2アゴニストのいずれかの作用(例えば,鎮痛)をもたらせば,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」に該当すると解釈することは,ICU滞在中における最も共通した不快な記憶は,「不安,苦痛,疲労,衰弱,乾き,様々なカテーテルの存在,および理学療法などの少数派の処置」であり,ICU鎮静のねらいは,「患者が,興奮することなく,快適であり,くつろいでいて,また静脈ライン(iv‐line)またはほかのカテーテルの設置といったような不快感を与える処置に耐えることを保証すること」であること(【0002】),鎮静は,「苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の処置」をも含んでいること(【0003】)などの本件明細書の他の記載事項と整合しない。したがって,原告らの上記主張は採用することができない。」
と判断した。
2.本件発明1と甲3に記載された発明の同一性について
裁判所は、
「甲3には,甲3記載の血管外科患者について,その手術後に,実際の鎮静と(呼吸,循環,代謝その他の全身管理が集中的に行われる)集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在,理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静のいずれもが確認されたことについての記載はない。また,甲3には,甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与が上記両方の鎮静の用途に使用するものであったことについての記載もない。したがって,甲3には,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」についての開示がない。前記・・・記載の「鎮痛」に関する認定事実及び甲3記載の「デクスメデトミジンの交感神経遮断作用」は,手術のストレスにより交感神経系が刺激され,内分泌反応を引き起こして血圧や心拍数を増加させることを抑制するために,交感神経を遮断する作用であることに照らすと,原告らのいう甲3記載の「手術後の該患者」(血管外科患者)の「鎮痛」や「デクスメデトミジンの交感神経遮断作用」は,いずれも集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在,理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静に該当しない。以上によれば,甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与が,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用途の使用に当たるとの原告らの主張は,採用することができない。」
と判断した。
3.本件発明1と甲5に記載された発明の同一性について
裁判所は、
「甲5には,研究の対象とされた8人の「下垂体微小腺腫に対する経蝶形骨洞切除術を受けた患者」が,その手術後に,集中治療を受けたことを明示した記載はない。・・・甲5には,麻酔後ケアユニットにおいて,患者が呼吸,循環,代謝その他の全身管理が集中的に行われていたことや集中治療を要するような急性機能不全の状態であったことをうかがわせる記載はないから,集中治療を受けていたものと認めることはできないし,・・・その手術後に,実際の鎮静と(呼吸,循環,代謝その他の全身管理が集中的に行われる)集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在,理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静のいずれもが確認されたことについての記載はない。また,甲5には,甲5記載の「下垂体微小腺腫に対する経蝶形骨洞切除術を受けた患者」に対するデクスメデトミジンの投与が上記両方の鎮静の用途に使用するものであったことについての記載もない。原告らのいう甲5記載の「手術直後期におけるデクスメデトミジンの交感神経遮断作用」は,血漿カテコールアミン濃度(血漿ノルエピネフリン濃度及び血漿エピネフリン濃度)の減少を指標として,評価しているものであり,集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在,理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静に該当しない。
以上によれば,甲5記載の「下垂体微小腺腫に対する経蝶形骨洞切除術を受けた患者」に対するデクスメデトミジンの投与は,本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用途の使用に当たるとの原告らの主張は,採用することができない。」
と判断した。
【コメント】
ある特定の患者(集中治療を受けている重篤患者)に使用するということに特徴のある医薬用途発明の新規性等が争われた。一部の引用例には、集中治療を受けている重篤患者にデクスメデトミジンが使用されているところまで記載されていると認定されたが、その使用目的は血圧や心拍数を増加させることを抑制するために交感神経を遮断する作用を目的としたものであって「鎮静」の用途を目的としたものではないと判断されたため、原告が主張した新規性欠如の無効理由は認められず、結果、進歩性欠如の無効理由もその前提を欠くと判断された。
デクスメデトミジン塩酸塩(Dexmedetomidine hydrochloride)はα2作動性鎮静剤プレセデックス®(Precedex®)の有効成分。日本では2004年1月29日に承認された。本件特許は、プレセデックス®の効能・効果の一部である「集中治療における人工呼吸中及び離脱後の鎮静」を保護しており、2019年3月31日に満了する(同効能・効果についての再審査期間は2012年1月28日に終了)。
米国ではPrecedex®は1998年12月にFDAに申請され、1999年12月に承認されている。本願出願日は同年3月(優先日は1998年4月及び12月)であった。
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