スポンサーリンク

2022.08.30 「ニプロ v. エーザイ」 東京地裁令和3年(ワ)13905 特許権侵害差止請求権及び損害賠償請求権の不存在確認請求事件・・・抗悪性腫瘍剤ハラヴェン®(エリブリン)の後発医薬品申請時点における訴えの利益

Summary

  • 本件は、抗悪性腫瘍剤ハラヴェン®の後発医薬品の承認申請を行ったニプロ(原告)が、エーザイ(被告)が有する本件各特許権による差止請求権及び損害賠償請求権の不存在確認、並びに当該医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認を求めた事案である。
  • エーザイは、本案前の主張として、ニプロの各訴えには訴えの利益がないと主張した。
  • 東京地裁(民事第46部)は、ニプロの後発医薬品の製造販売について承認を得るために申請した段階にあることだけをもって、ニプロの有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在していると認めることはできず、ニプロの各訴えはいずれも訴えの利益を欠くものであるからこれらを却下すべきであると判断した。

  • 本件は、後発医薬品を巡る特許紛争において、「二課長通知」(いわゆる日本版「パテントリンケージ」制度の根拠となっているもの)が裁判所の判断に取り上げられた初めての事件ではないだろうか。

スポンサーリンク

1.背景

エーザイは、2011年4月、「手術不能又は再発乳癌」を効能・効果とする抗悪性腫瘍剤ハラヴェン®静注1mg(有効成分: エリブリンメシル酸塩)の製造販売についての厚生労働大臣の承認を取得し、その後、2016年2月、「悪性軟部腫瘍」を効能・効果に追加する承認を取得した。

再審査期間は、「手術不能又は再発乳癌」については8年(2011年4月22日~2019年4月21日)、「悪性軟部腫瘍」については10年(2016年2月29日~2026年2月28日)である。

2021年度の「ハラヴェン」の売上収益は、グローバルで394億円、日本では83 億円。

本件(東京地裁令和3年(ワ)13905)は、ニプロが2022年2月25日付でハラヴェン®の後発医薬品として「エリブリンメシル酸塩静注1mg『ニプロ』」(効能・効果: 手術不能又は再発乳癌)(以下、「原告医薬品」という。)の製造販売についての承認の申請を行ったところ、

ニプロ(原告)が、

(1)主位的に、

(a) (i) 原告は、現在、原告医薬品の製造、譲渡、譲渡の申出をする可能性があり、本件各特許権の侵害又はそのおそれを理由とする被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権(特許第6466339号及び特許第6678783号)による差止請求権が発生し得、また、(ii) 原告は、製造販売についての承認を受けた場合に原告医薬品の製造、譲渡、譲渡の申出が可能になるから、被告エーザイRDの原告に対する厚生労働大臣の承認を停止条件とする本件各特許権による差止請求権が発生し得ると主張して、被告エーザイRDとの間で、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権(特許法100条1項)の不存在確認を求め、

(b) 被告ら(エーザイ及びエーザイRD)の原告に対する損害賠償請求権が発生し得ると主張して、被告らとの間で、被告らの原告に対する本件各特許権等の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権の不存在確認を求め、

(2)予備的に、

(a) 原告は、原告医薬品が薬価基準に収載された場合に原告医薬品の製造、譲渡、譲渡の申出が可能になるから、同時点において、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権が発生し得ると主張して、被告エーザイRDとの間で、原告医薬品が薬価基準に収載された時点における被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権の不存在確認を求め、

(b) 同時点において被告らの原告に対する損害賠償請求権が発生し得ると主張して、被告らとの間で、同時点における被告らの原告に対する本件各特許権等の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権の不存在確認を求め、

(3)更に予備的に、

原告医薬品は、本件各発明の技術的範囲に属しないと主張して、被告らとの間で、原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認を求める事案である。

被告ら(エーザイ及びエーザイRD)は、本案前の主張として、本件訴えには訴えの利益がないと主張した。

被告エーザイRDが有する本件各特許権の概要は以下のとおり。

  • 特許第6466339号(出願日2013.12.04⇒存続期間満了日2033.12.04)の請求項1:
(i)HER2陰性乳がん、(ii)エストロゲン受容体(ER)陰性乳がんまたは(iii)HER2陰性、ER陰性およびプロゲステロン受容体(PR)陰性(三種陰性)乳がんを有するとして選択された対象の乳がんの処置のためのエリブリンまたはその薬学的に許容される塩を含み、
対象が受けたことのある再発性または転移性乳がんの以前の乳がん処置レジメンが2種までである、医薬組成物。
  • 特許第6678783号(特許第6466339号の分割出願、存続期間満了日も同じ)の請求項1:
  (i)HER2陰性乳がんまたは(ii)エストロゲン受容体(ER)陰性乳がんを有するとして選択された対象の乳がんの処置のためのエリブリンまたはその薬学的に許容される塩を含む、医薬組成物。
スポンサーリンク

2.裁判所の判断

裁判所(東京地裁・民事第46部)は、ニプロ(原告)が後発医薬品の製造販売について厚生労働省の承認を得るために申請した段階にあることだけをもって、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在していると認めることはできず、原告の各訴えはいずれも訴えの利益を欠くものであるからこれらを却下すべきであると判断した。

以下に、裁判所の判断を一部抜粋した。

(1)争点①(現在の差止請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。)、及び、争点②(現在の損害賠償請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。)について

裁判所は、確認の利益が許される場合について、

「確認の利益は、即時確定の利益がある場合、すなわち、判決をもって法律関係等の存否を確定することが、その法律関係等に関する法律上の紛争を解決し、現に、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許される(最高裁昭和27年(オ)第683号同30年12月26日第三小法廷判決・民集9巻14号2082頁、最判昭和47年11月9日民集26巻9号1513頁参照)。」

と述べたうえで、本件においては、

「被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権及び被告らの原告に対する本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権が存在しないことについて、現に、当事者間に紛争が存在し、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りない。

なお、仮に、二課長通知等によれば本件各特許が存在するために原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされることがないとしても、そのことによって、原告と被告らとの間に前記各請求権の存否に係る法律上の紛争が存在することになるものとは解されない。

以上によれば、原告の被告エーザイRDに対する現在の本件各特許権による差止請求権の不存在確認請求及び被告らに対する本件各特許権の侵害を理由とする現在の損害賠償請求権の不存在確認請求について、現に、原告の法律的地位に危険又は不安が存在するとは認められず、これらの各訴えに、即時確定の利益があるとは認められない。

したがって、原告の被告エーザイRDに対する現在の本件各特許権による差止請求権の不存在確認の訴え及び被告らに対する本件各特許権の侵害を理由とする現在の損害賠償請求権の不存在確認の訴えは、確認の利益を欠くものというべきである。」

と判断した。

(2)争点③(将来の差止請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。)及び争点④(将来の損害賠償請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。)について

裁判所は、未発生の法律関係に関して確認の訴えが許される場合について、

「将来の法律関係は、法律関係としては現存せずしたがってこれに関して法律上の争訟はあり得ないのであって、仮にある法律関係が将来成立するか否かについて現に法律上疑問があり将来争訟の起こり得る可能性があるような場合においても、このような争訟の発生は常に必ずしも確実ではなく、しかも争訟発生前あらかじめこれに備えて未発生の法律関係に関して抽象的に法律問題を解決するというがごとき意味で確認の訴えを認容すべきいわれはなく、むしろ現実に争訟の発生するのを待って現在の法律関係の存否につき確認の訴えを提起し得るものとすれば足りる(最高裁昭和30年(オ)第95号同31年10月4日第一小法廷判決・民集10巻10号1229頁参照)。」

と述べたうえで、本件においては、

「近い将来において、原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされ、原告医薬品の薬価基準への収載がされる蓋然性が高いとは認められず、ひいては、原告が原告医薬品を製造販売する蓋然性が高いとは認められない。近い将来において、原告と被告らとの間に、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権及び被告らの原告に対する本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権が存在しないことについて法律上の紛争が発生することは何ら確実ではなく、現時点において、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りない。

したがって、原告の被告らに対する、将来において原告医薬品が薬価基準に収載された場合に、被告エーザイRDが原告に対し本件各特許権による差止請求権を有しないこと、被告らが原告に対し本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権を有しないことの確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものというべきである。」

と判断した。

(3)争点⑤(被告らに対する原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認請求に訴えの利益があるか。)について

裁判所は、

「原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないか否かの判断は事実上の判断であって、権利又は法律関係の確認を目的としないものであり、原告と被告らとの間に生じ得る法律上の紛争を解決するためには、本件各特許権による差止請求等訴訟、本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求訴訟、不当利得返還訴訟、即時確定の利益がある場合にこれらに係る請求権の不存在確認の訴えを提起する必要があるのであり、かつ、それで足りる。

原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないか否かを確定することは、原告と被告らとの間に生じ得る法律上の紛争の解決のために適切有効とはいい難く、原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認の訴えを認めることはできない。

仮に、二課長通知等によれば本件各特許が存在するために原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされることがないとしても、そのことによって原告と被告らとの間に法律上の紛争が存在したり、原告と被告らとの間の法律上の紛争を解決するために上記の確認の訴えが適切有効になったりするものとは解されない。

したがって、原告の被告らに対する原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものというべきである。」

と判断した。

スポンサーリンク

3.コメント

(1)訴えの利益と「二課長通知(パテントリンケージ)」

ア 後発医薬品の申請だけでは法律関係の存否につき確認の訴えの利益を欠く

裁判所は、原告が後発医薬品の製造販売について厚生労働省の承認を得るために申請した段階にあることだけをもって、原告が先発メーカー(特許権者)に対して求める

  • 現在または将来の差止請求権の不存在確認
  • 現在または将来の損害賠償請求権の不存在確認
  • 本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認

の各訴えは、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在していると認めることはできず、いずれも訴えの利益を欠くものであると判断した。

イ 法律的地位に危険又は不安を生じさせているのは「二課長通知」

「仮に、二課長通知等によれば本件各特許が存在するために原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされることがないとしても、そのことによって、原告と被告らとの間に前記各請求権の存否に係る法律上の紛争が存在することになるものとは解されない。」

本件は、後発医薬品を巡る特許紛争において、「二課長通知」(いわゆる日本版「パテントリンケージ」制度の根拠となっているもの)が裁判所の判断に取り上げられた初めての事件ではないだろうか。

日本の製薬業界においては知財活動を行う上で避けては通れない「二課長通知(パテントリンケージ)」問題。判決上でもやっと明るみに出てきたことで、今後も議論が活性化してほしいと願うところである。

「二課長通知」とは、「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて(各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医政局経済課長・厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知)(平成21年6月5日付医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)」及び「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて(平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知)」のことであり、医療用後発医薬品の承認審査に係る特許情報について、医薬品の安定供給を図る観点から、承認審査の中で、先発医薬品と後発医薬品との特許抵触(原文ママ。「特許抵触」は正確には「特許権侵害」だろう)の有無について確認を行う運用とすることとしたことを通知した文書である。

その内容は、より具体的には、後発医薬品の薬事法(現・薬機法)上の承認審査にあたって、

  • 先発医薬品の有効成分に特許が存在する場合には後発医薬品を承認しないこと
  • 先発医薬品の特許が存在する効能・効果、用法・用量(効能・効果等)については承認しない方針であること
  • 特許の存否は承認予定日で判断するものであること

そして、承認後は、

  • 後発医薬品の薬価収載に当たり、特許に関する懸念がある場合は、事前に当事者間で調整を行うこと

というものである。

言い方を変えれば、「二課長通知」に基づく後発医薬品の承認可否は、実質上は先発医薬品の特許権の効力が申請された後発医薬品に及ぶかどうかという法律上の問題(裁判で争うような難しい侵害判断)を扱っているにもかかわらず、その判断理由も示されることなく厚生労働省により判断されているものである。

この判断に先発メーカーも後発メーカーも振り回されているのが現状であり、本事件もそうであろう。

特許権の効力を法律上判断する権限のない行政庁(厚生労働省)がその判断をしているということ自体に問題はないのだろうか。医薬品の承認を左右することになるこの重要な判断は、透明性・公正性をもって納得のいく形で行われるべきだ。

ニプロは、「二課長通知」により、原告医薬品の製造販売について厚生労働大臣からの承認を得ることができないこと(パテントリンケージの発動)を不服に考えるのであれば、厚生労働省に対して、「二課長通知」による判断は法律上の正当な権限のないものであること、その運用が無かったならば承認を取得できるはずであり、その運用によりニプロの権利又は法律的地位に危険又は不安が存在していることを理由に「二課長通知」による行政処分に不服を訴えてみてはどうだろうか。

ウ 「二課長通知(パテントリンケージ)」の仕組みを改善すべき

本判決で示されたように、後発医薬品が承認に至る時点までは、現に具体的な法律上の紛争が起きている等の事情がない限り、後発メーカーと先発メーカーとの間で法律上の紛争(またはそのおそれ)が存在するとは解されないとなると、後発メーカーは、少なくともその承認に至るまでは、先発メーカー(特許権者)に対して、差止請求権の不存在確認や発明の技術的範囲に属しないことの確認を求める訴えを提起することができないことになる。

先発メーカー(特許権者)にとっても、「二課長通知」に基づく納得のいかない承認判断となれば、侵害しているとされる後発医薬品の承認事実を知ってからその薬価基準収載(販売)前という極めて短期間(通常4カ月間)に、「二課長通知」の求める事前調整を経たうえで不調となった場合には特許権侵害に基づく差止等を求めて裁判所に訴訟を提起、そして差止仮処分命令の発出にまで至ることは手続上極めて困難であり、差止請求等の救済手段を求めるに足る十分な期間が与えられているとはとても言い難い。

承認後に先発メーカーと後発メーカーが事前調整を行うこととしている現在の「二課長通知」を、後発医薬品の申請があった時点から承認までの間にその事前調整の機会を設けることとして、もし不調に終わった場合(その場合には法律上の紛争のおそれが存在すると解釈されるかもしれない)には承認(または薬価基準収載・販売)までに司法上の判断(判決)を得ることで決着を図る、という仕組みに運用変更すれば、後発医薬品に対する特許権を巡る早期の紛争解決と安定供給の実現に向けて少しは良い方向になるのではないかと思うのだが、いかがだろうか。

日本版パテントリンケージ制度の問題点については、以下の記事を参照。

日本のパテントリンケージの現状の課題とその解決に向けた提案
1.はじめに パテントリンケージ(patent linkage)とは、後発医薬品承認時に先発医薬品の有効特許を考慮する仕組みであり、その制度内容は国によって異なるが、その意義は総じて、先発医薬品を保護する特許権の重要性を尊重しつつ先発医薬品メーカーと後発医薬品メーカーとの特許紛争を事前に整理することによって後発医薬品の市場への安定供給を実現することを目的としている。代表的なものとして、例えば、米国...

パテントリンケージの問題に触れた過去記事には以下のTagを付している。

(2)ニプロの動き

ア ハラヴェン®が本件各特許発明の技術的範囲に属しないことの判定を請求

本事件に関連して、2022年1月7日、ニプロは、先発医薬品であるエーザイの抗悪性腫瘍剤ハラヴェン®静注1mg(有効成分: エリブリンメシル酸塩。効能・効果を「手術不能又は再発乳癌」とする。)をイ号物件として、同物件自体が、本件各特許(第6466339及び第6678783号)の請求項1に係る発明の技術的範囲に属しないとの判定を特許庁に求めた(判定2022-600001及び判定2022-600002)。

先発医薬品であるハラヴェン®の効能・効果「手術不能又は再発乳癌」自体が本件各特許発明(用途発明)の技術的範囲に属しなければ、同用途であるニプロの後発医薬品(効能・効果「手術不能又は再発乳癌」)も、当該特許権の侵害とはならないことになるだろうから、ニプロは、その理屈づくりのために、これらの判定請求で特許庁からもお墨付きを得たかったと考えられる。

判定での審理において、特許権者であるエーザイRD(被請求人)は、答弁書の機会に応答しておらず、当事者間で主張を戦わせることなく、例えば、特許第6678783号について、特許庁は、

イ号物件の投与対象(「手術不能又は再発乳癌」)が、構成要件A(「(i)HER2陰性乳がんまたは(ii)エストロゲン受容体(ER)陰性乳がんを有するとして選択された対象」)であるとはされていない。よって、構成要件Aを充足しない。

※下線部分は筆者が加筆

と無味乾燥な判断をしただけで、判定に至っている。

ところが、この構成要件Aを充足しないとの特許庁の単純な判断とは異なり、ハラヴェン®の効能・効果「手術不能又は再発乳癌」に基づき、実際には、「HER2陰性の手術不能又は再発乳癌患者」にも同剤は処方されている(再審査報告書(令和2年3月30日) p2, 表2 特定使用成績調査の概要参照)。

つまり、イ号物件であるハラヴェン®の効能・効果「手術不能又は再発乳癌」の一部である「HER2陰性の手術不能又は再発乳癌患者」は、特許第6678783号に係る発明の技術的範囲となる対象「HER2陰性乳がん」の患者(構成要件A)に包含されているといえそうである。

もし、エーザイRDから、投与対象が重複しているからイ号物件は構成要件Aを充足するとの主張がなされていたとしたら、技術的範囲の属否については微妙な判断となっていたのではないだろうか。

2022年6月9日、特許庁は、いずれの判定請求事件においても、イ号物件は、「請求項1に係る発明の技術的範囲に属しない」との結論を下した。

この特許庁による判定は、大いに議論がありそうだ。

イ 物質特許は満了したが、本件各用途特許は問題として残ることに

別に存在する特許第4454151号がハラヴェン®の有効成分エリブリンメシル酸塩を保護する物質特許のようであり、20年の存続期間満了日は2019年6月16日であるが、効能・効果「手術不能又は再発乳癌」(用途)の承認に基づき存続期間が延長され(特願2011-700144)、同用途については満了日が2020年8月25日、また、もうひとつの効能・効能「悪性軟部腫瘍」(用途)の承認に基づき存続期間が5年延長され(特願2016-700054)、同用途については満了日が2024年6月16日となっている。

ニプロが、今回のタイミングで、ハラヴェン®の効能・効果「手術不能又は再発乳癌」のみについて後発医薬品の承認を求めて申請(いわゆる「虫食い」申請)したのは、ハラヴェン®の「手術不能又は再発乳癌」について、再審査期間が2019年4月21日に終了し(「悪性軟部腫瘍」の再審査期間(10年)は2026年2月28日まで)、前記延長された物質特許権の存続期間も2020年8月25日に満了したからだろう。

しかし、本件各特許(第6466339及び第6678783号)の存在が「二課長通知」に基づく承認可否(パテントリンケージ)の問題として残された。

厚生労働省が本件各特許をハラヴェン®の「手術不能又は再発乳癌」を保護する用途特許であると判断すれば、「二課長通知」に従って、2033年12月4日まで、効能・効果「手術不能又は再発乳癌」についての後発医薬品は承認されないこととなるわけだが、差止請求等不存在確認の訴えは裁判所で門前払いとされてしまう以上、本件各特許発明の技術的範囲に当該効能・効果は属しないと考えるニプロは、本件各特許に係る特許権の存続期間が満了するまでただ指をくわえて待っているしかないのだろうか。

後発医薬品メーカーにとって、先発メーカー(特許権者)の特許発明の技術的範囲に属しないと信じていても、「二課長通知」の判断を仰ぐ以外の法的主張機会がないというのは、日本のパテントリンケージ制度の欠陥とも思える。

本件各特許の出願日がハラヴェン®(効能・効果「手術不能又は再発乳癌」)承認(2011年4月)、さらに販売開始(2011年7月)よりも後の2013年12月4日であるということは興味深い点であるが、ニプロは、本件各特許(第6466339及び第6678783号)に対して無効審判を請求していない。

(3)エーザイの動き

ハラヴェン®の効能・効果「手術不能又は再発乳癌」についての再審査期間が2019年4月21日に終了し(「悪性軟部腫瘍」の再審査期間(10年)は2026年2月28日まで)、ハラヴェン®の有効成分エリブリンメシル酸塩を保護する物質特許第4454151号に係る延長登録された特許権の存続期間も同効能・効果については2020年8月25日に満了した。

そして、2021年2月15日、ハラヴェン®(エリブリンメシル酸塩)の後発品(エリブリンメシル酸塩静注液1mg「日医工」)の承認を取得したのは日医工であった。単独での初のハラヴェン®の後発医薬品の承認となったが、薬価基準への収載は見送ったようである。

これがオーソライズドジェネリック(AG)だったのかどうかは定かではないが、仮にそうであったとしたら、エーザイとしては、本件各特許(第6466339及び第6678783号)が用途特許として存在するとはいえ、その保護範囲について疑義が生じることを見据え(実際、本事件のようにニプロの動きも出てきた)、厚生労働省が他の後発医薬品を承認してしまう可能性を考え、日医工を介してAGの投入を目論んでいたと思われる。

>控訴審判決記事へ

コメント

  1. 匿名 より:

    いつも興味深く拝見して勉強させて頂いております。

    本件各特許の出願日がハラヴェン®(効能・効果「手術不能又は再発乳癌」)承認(2011年4月)、さらに販売開始(2011年7月)よりも後の2013年12月4日であるということは興味深い点とご指摘ありましたが、そうすると、後発品の効能・効果が「手術不能又は再発乳癌」である限り、通常は自由技術の抗弁が成り立つのであろうと思いました。

    仮に後発メーカーがそのような主張をしたとして、それを受けて厚労省/PMDAが、先発メーカー(特許権者)側の主張も聞いて後発品の承認可否を決めるのだとすると、特許の専門家でも法曹でもない厚労省/PMDAは、どうやって判断するのでしょう?不思議ですね。

    医薬に関する技術が進歩するとともに特許の内容が複雑化したことによって、現状の制度では立ち行かなくなっているという部分もあるのかと思いますが、そうであるとすると延長登録制度の問題に似ていますね。どちらもガラパゴス化していますし。

    大変勉強になる記事をいつもありがとうございます。

    • Fubuki Fubuki より:

      コメントありがとうございました。ご指摘の点はどれもその通りでもっと議論されることを願います。

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました