2022年の医薬系”特許的”な出来事を振り返ります。
2022年も残すところあとわずか。
2022年の医薬系”特許的”な世相を漢字一文字で表すとしたら、何を思い浮かべますか?
え?
今年は、特許庁審査官からの拒絶理由通知の内容に、身体が震え・・・
「おのの(「戦」)いた」ですか!?
※パテントサロン様が企画する知財系 Advent Calendar 2022に参加しております(本記事を12/21枠で投稿)。
※このブログは、医薬品に関連した知財判決やニュースを中心に取り上げています。ご興味あれば、当ブログ(https://www.tokkyoteki.com)とTwitter(@tokkyoteki)のフォローもどうぞよろしくお願いします。
複数の企業や大学・研究機関が共同で技術や製品を研究・開発することが当たり前の時代。
そのような連携型の研究開発において、関与者の貢献の時期や内容によっては、研究成果である発明等の知的財産への貢献の有無について明確な境界線を引くことが困難な場合があり、参画した企業や大学・研究機関は、研究成果の成功とは裏腹に、その知的財産の帰属・権利関係の取り扱いについて疑義が生じるリスクにいつも晒されているといえます。
ワシントン大学ロースクール教授・竹中俊子先生も、バイオ医薬分野においては、ステークホルダーが科学と技術の曖昧な境界線を越えてオープンイノベーションを行うため、このような発明プロセスを解明することはほとんど不可能であると指摘しています(参考: Toshiko Takenaka, Unravelling Inventorship, Chi.-Kent J. Intell. Prop. 71 (2022))。
そして、発明を創出する活動が、AIやビッグデータといった無体物を土台にして軸足を変化させてきている近年の産業発展を見ると、それぞれの役割や貢献が、知的財産の帰属・権利関係の取り扱いをますます多様化且つ複雑化させており、誰がその発明を創作したのか、誰がその権利を有するのか、誰が誰に実施許諾を得なければならないのか、という争いがさらに増えてきています。
正当な権利者は誰かということについての揉めごとは、協業相手なら話し合いでの決着もあるでしょう。
しかし、競合相手となるとそう簡単にはいきません。
訴訟に発展、互いに傷だらけになった後にやっと和解決着・・・という事件も2022年にはいくつかありました。
また、発明を生み出してさらに開発に成功したその先、例えば、COVID19ワクチンの発明やデジタル配列情報は誰のものなのか、を考えさせられた出来事もありました。
このように、2022年は、「それ誰のもの?」ということが問われた事件が多かったように思います。
・・・ということで、いきなり発表しちゃいます。
今年の医薬系”特許的”な世相を表す漢字一文字、”漢字・オブ・ザ・イヤー“は・・・
え?
誰?
みなさまはどんな一文字が思い浮かんだでしょうか。
本記事では、「それ誰のもの?」をテーマに、2022年を賑わせた医薬系”特許的”な出来事について、振り返ります。
- 1.それ、誰のもの?
- (1)その構造、「誰」の目にも明らか・・・?
- (2)ロシアでの知的財産権は「誰」のもの?
- (3)CRISPR-Cas9は「誰」が先に発明したか?
- (4)ヘパリン類似物質含有の塗り薬といえば「誰」?
- (5)がん免疫療法の共同発明者は「誰」?
- (6)COVID-19ワクチンは「誰」のもの?
- (7)医薬品の承認申請に必要な臨床試験データは「誰」のもの?
- (8)エンハーツ®は「誰」のもの?
- (9)mRNAワクチン特許の藪、「誰」と「誰」がライセンス関係?
- (10)特許権の効力を判断するのは「誰」?
- (11)AIが生み出した発明の発明者は「誰」?
- (12)訴訟代理人に「誰」を選ぶか?
- (13)受託研究成果物?その発明は「誰」のもの?
- (14)遺伝子配列のデジタル情報は「誰」のもの?
- (15)酸素を使って火を灯す方法は「誰」のもの?
- 2.2022年、ブログ活動を振り返る
1.それ、誰のもの?
(1)その構造、「誰」の目にも明らか・・・?
2月1日、ギリアド社のHIVインテグラーゼ阻害剤であるビクテグラビルを含む製品(ビクタルビ®)がヴィーブ社/塩野義製薬が保有する同じくHIVインテグラーゼ阻害剤であるドルテグラビルの特許権を侵害しているか否かを巡ってグローバルな訴訟にまで発展していた両社間の特許紛争について、和解に合意したとの発表がありました。
ギリアド社とヴィーブ社/塩野義製薬は、HIV感染症治療薬の新薬開発を牽引している二大巨頭であり、HIV感染症治療薬のグローバル市場で互いにしのぎを削るライバル同士です。
そして、両社間でグローバルな特許訴訟にまで発展した、問題のギリアド社のビクテグラビルの化学構造は、同じHIVインテグラーゼ阻害剤であるヴィーブ社/塩野義製薬のドルテグラビルの化学構造に依拠していることは誰の目にも明らかではないでしょうか。
ギリアド社は、ドルテグラビルも参考に化学構造を変換してビクテグラビルに行き着いた(とはいえ試行錯誤・紆余曲折があったに違いない)のだと思われますが、ドルテグラビルの特許権のクレーム範囲から回避できていると考えたのでしょうか。
ドルテグラビルの特許は、国によって登録されたクレーム範囲は異なりますが、若干難解で読み方によっては解釈が異なり得るもので、しかもまだ未登録で審査に係属している出願はクレームを補正すればもしかすると・・・という状況で、ギリアド社にとっては、特許権侵害リスクを踏まえた上での強硬突破作戦だったのかもしれません。
グローバルな和解およびライセンス契約の条件に基づき、ギリアド社は、ヴィーブ社に12億5000万ドルの一時金を支払うこと、また、ビクタルビ®の将来の米国での全売上高(2020年は60億9000万ドル)および将来米国で販売される他のビクテグラビル含有製品のビクテグラビル成分に関しても、3%のロイヤルティを支払うことになりました。
とにかく、喫緊の塩野義最大の経営課題は「HIV製品パテントクリフ(ドルテグラビル・クリフ)」を乗り越えることですね。
- 2020/6/26記事: シオノギ最大の経営課題 「HIV製品パテントクリフ」
(2)ロシアでの知的財産権は「誰」のもの?
2月24日、ロシアがウクライナ国内への侵攻を開始し、それから間もなくの3月7日、ロシアで「国家安全保障等のために国内事業者に強制実施権を許可した際の対価に関する決議」が施行されました。
ロシア連邦民法典第1360条第1項では、特許権等に対する強制実施権制度として、国家安全保障等のために権利者の同意なく特許権等を実施することを、ロシア連邦政府が許可する権利を有する旨、許可する場合については、特許権者に対して合理的な対価が支払われる旨が規定されています。
3月7日の「国家安全保障等のために国内事業者に強制実施権を許可した際の対価に関する決議」により、
「当該特許権等の保有者が非友好国に登録地を有する等の場合に、対価の額を特許権等の実施者の実際の収益の0%とする」
ことが追加され、同日施行されました。
(3)CRISPR-Cas9は「誰」が先に発明したか?
2月28日、真核細胞で使用するCRISPR-Cas9に対するクレームの先発明を巡って、CVC(カリフォルニア大学バークレー校、ウィーン大学、Emmanuelle Charpentier氏; Junior party)の一部の特許出願とBroad研究所(Broad研究所、MIT、ハーバード大学; Senior Party)の特許との間で争われていた米国でのインターフェアレンスにおいて、米国特許商標庁・特許審判部(PTAB)は、ブロード研究所の特許が適切に発行されていることを再度確認する決定を下しました(Patent Interference No.106,115)。
米国特許法改正法(America Invents Act)により、現在は存在しなくなった先発明主義の象徴、誰が先に発明したかを争うインターフェレンス制度での判断。これがインターフェレンス制度最後の大きな紛争のひとつなのかもしれません。
(4)ヘパリン類似物質含有の塗り薬といえば「誰」?
3月15日、ヘパリン類似物質含有の乾燥肌治療薬「ヒルマイルド®」(一般用医薬品)の健栄製薬による販売が古くから医療用医薬品として製造販売されているヘパリン類似物質含有の皮膚保湿剤「ヒルドイド®」に係るマルホの商標権侵害及び不正競争行為に該当すると主張して、マルホが健栄製薬を訴えていた事件において、健栄製薬とマルホは合意による解決に至ったと発表しました。
健栄製薬がその製品名をマルホの製品名「ヒルドイド」に寄せてきたことは「誰」の目にも明らかだと思いますが、「ヒルマイルド」と「ヒルドイド」とが商標法または不正競争防止法のもとで類似するかどうかは、和解に至った結果、裁判所による判断は下されませんでした。
「ヒルマイルド」のCMキャラクターにKing&Prince(キンプリ)の永瀬廉くんが起用されていたこともあり、多くのキンプリ(永瀬廉くん)ファンにも注目される事件となったようです。
和解発表から5カ月後の8月、今度は、マルホ側(コーセーマルホファーマ)が、その製品「カルテHD」もラインナップのひとつであるコーセー敏感肌ケアキャンペーンCMにKing&Princeの平野紫耀くんを起用することで、永瀬廉くんをCMキャラクターに起用している「ヒルドイド」に「寄せ」返してきたこと、逆に、9月には、健栄製薬が、ヘパリン類似物質含有の新製品ブランド「ル・マイルド」(医薬部外品)の発売を発表、こちらも永瀬廉くんが引き続きCMキャラクターに起用されるなど、話題は尽きません。
- マルホ: 「ヒルドイド」⇒「カルテ ヒルドイド」⇒「カルテ HD」⇒w/ King&Prince 平野紫耀くん
- 健栄製薬: 「ヒルマイルド」w/ King&Princeの永瀬廉くん⇒「ル・マイルド」w/ King&Prince 永瀬廉くん
さて、ヘパリン類似物質含有の塗り薬といえば「誰」(健栄 or マルホ、永瀬くん or 平野くん)を思い浮かべますか?
- 8/19記事: 「ヒルマイルド」と「ヒルドイド」の商標権紛争和解のその後・・・健栄製薬のCMキャラクターKing&Prince永瀬廉くんに対して、コーセーマルホファーマ「カルテHD」に平野紫耀くん起用
11月4日、平野くんら3人がキンプリを脱退し、ジャニーズ事務所も退社すると発表しました。にわかファンとして残念です。
(5)がん免疫療法の共同発明者は「誰」?
5月27日、特許庁(審判合議体)は、5つある「本庶特許」いずれの共同発明者にもゴードン・フリーマン氏は該当しないと判断し、「本庶特許」は共同出願違反により無効とされるべきと主張したゴードン・フリーマン氏による審判請求は成り立たないとの審決を下しました。その審決を不服として同氏は知財高裁に取消訴訟を提起しています。
免疫チェックポイント分子の発見とがん治療への応用により2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑氏を共同発明者とし、オプジーボ®(有効成分: ニボルマブ)やキイトルーダ®(有効成分: ペムブロリズマブ)等の抗PD-1抗体医薬品や抗PD-L1抗体医薬品をその権利範囲に包含する、いわゆる「本庶特許」。
本庶佑氏と小野薬品工業との和解、元大学院生との共同発明者性を巡る判決(日本)、ダナ・ファーバー癌研究所に所属するゴードン・フリーマン氏らとの共同発明者を巡る米国判決は、2021年に話題になりましたが、2022年は、日本での「本庶特許」の共同発明者を巡って、ゴードン・フリーマン氏が共同出願違反を理由に無効審判を請求していた事件で、ゴードン・フリーマン氏は共同発明者に該当しないとの審決に至るという進展が見られました。
米国と日本との間で共同発明者の判断が異なった理由の一つは、共同発明者であるかどうかを判断する際に、その者が発明を特許可能なものとするために貢献したかどうかは関係ないものとして判断した米国CAFC判決とは異なり、日本特許庁は、従来技術・前提技術に関して貢献しただけの者は共同発明者であることを基礎付けるものにはなり得ない、すなわち、発明を特許可能なものとするために貢献していることが重要、と判断したことにあると考えられます。
日本でのゴードン・フリーマン氏による無効審判請求を不成立とした審決を不服として、同氏から審決取消訴訟が提起されています。
免疫チェックポイント阻害因子をがん治療に応用した共同発明者は日本では「誰」とされるのか、知財高裁での判断が待たれます。
(6)COVID-19ワクチンは「誰」のもの?
6月12日からジュネーブで開催された第12回WTO閣僚会議(MC12)では、国際社会が直面する重要課題について議論が行われ、これら議論を踏まえて、参加した164の国・地域の代表が一致して閣僚宣言を発出し、17日に閉会しました。
主要な議題の一つは、COVID-19パンデミックへの取り組みについて、特に、南アフリカとインドが、知的財産権で保護されているCOVID-19治療薬やワクチン等技術の使用に関して、知的財産に関して取り決めた多国間条約である「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights Agreement; TRIPS)」の一時的な適用除外/履行義務免除(TRIPS waiver)を求めた提案についてでした。
合意に至ることだけが目的のような合意となりました。この合意の結果によってワクチンが患者の手に届くようになったと実感している者はいるのでしょうか。
12月16日、WTOのTRIPS理事会は、COVID-19パンデミックにおけるTRIPS waiverの対象を、ワクチンだけでなく、診断薬・治療薬に拡大するか否かの議論の決議の延期を勧告しました。
(7)医薬品の承認申請に必要な臨床試験データは「誰」のもの?
7月4日、内閣府知的財産戦略推進事務局は、「知的財産推進計画2022」の策定に向けて寄せられた意見募集の結果について公表しました。日本製薬工業協会や日本知的財産協会といった国内産業界からだけでなく、PhRMA(米国研究製薬工業協会)という海外の製薬産業界からも、医薬品の「データ保護制度」の法制化が強く要望されています。
医薬品のデータ保護制度は、医薬品の承認申請に必要となる、開発に膨大な費用・時間・労力を費やして取得した臨床試験データという知的財産を、他社への開示及び他社による使用から十分な期間保護する制度です。
長い開発期間と莫大な投資とが必要でありながら、製品にまで至る確率が極めて低い医薬品産業において、新たな治療の開発に投資を促すためのインセンティブを提供し公衆衛生の発展を促進する重要な役割を担うものとして、少なくとも、米・欧州・中国では法制度化されています。
日本の国民の健康を守り、活力ある社会経済を維持していくためには、日本市場の魅力と競合優位性を確保し、イノベーションを呼び込む研究開発投資を継続し発展させていくためのインセンティブを提供する政策が必要なのではないでしょうか。
また、我が国産業の国際競争力の強化を図るための国家戦略を担う知的財産推進計画に、海外の産業界から苦言とも思われる意見が提出されたこと自体について、政府はこれを真摯に受け止めなければいけないのかもしれません。
なお、「知的財産推進計画2022」は2022年6月3日付で公表されています(製薬産業についての言及はありません)。
(8)エンハーツ®は「誰」のもの?
8月13日付の第一三共のプレスリリースによると、第一三共の抗体薬物複合体(ADC)技術の知的財産権の帰属を巡りSeagen社と第一三共との間で争われていた仲裁事件で、仲裁廷は、Seagen社の主張を全面的に否定する判断を下したとのことです。
もし、Seagen社に帰属するとの仲裁判断となっていたならば、第一三共は、Enhertu®(エンハーツ®)や他のADC製品に対しても、Seagen社からのライセンスを得なければならない事態となる可能性、その結果、実施料等を長期にわたって支払い続ける必要がでてくるかもしれない可能性があり、新しいモダリティである抗体薬物複合体(ADC)を牽引しその勢いが止まらない第一三共のEnhertu®(エンハーツ®)は「誰」のものか・・・製薬業界隈をざわつかせました。
しかし、この仲裁判断により、Enhertu®(エンハーツ®)の有効成分であるトラスツズマブ デルクステカンおよび他のいくつかの医薬品候補に第一三共が使用した特定のADC技術に関する知的財産権がSeagen社に帰属するとの同社の主張は退けられ、上記リスクは回避されました。
その仲裁判断の発表が土曜日であったこともあり、週明けの第一三共の株価が急騰しましたね。
Seagen社は、11月10日(現地時間)、米国ワシントン州西部地区連邦地方裁判所に仲裁判断の取消を求める申立てを提出したようです(2022.11.11 第一三共: Seagen社との紛争における仲裁判断取消の申立てに関するお知らせ)。
(9)mRNAワクチン特許の藪、「誰」と「誰」がライセンス関係?
8月26日、モデルナ社は、ファイザー社とバイオンテック社のmRNA COVID-19ワクチン「コミナティ®」が、モデルナ社のmRNA COVID-19ワクチン「スパイクバックス®」の開発にも不可欠だったというmRNAを細胞に送達するための脂質ナノ粒子(LNP)の基盤技術に関するモデルナ社の特許権を侵害していると主張して、ファイザー社とバイオンテック社に対して、米国マサチューセッツ地区連邦地方裁判所とドイツデュッセルドルフ地域裁判所に損害賠償請求訴訟を提起したことを発表しました。
モデルナ社は、コミナティ®の市場からの撤収、将来の販売差し止めを求めておらず、低・中所得国92カ国でのコミナティ®の販売について損害賠償を求めるつもりはないとしています。
- 8/28記事: モデルナがファイザー/バイオンテックを提訴 COVID-19ワクチン(Comirnaty®)がmRNAを細胞に送達するための脂質ナノ粒子(LNP)の基盤技術に関するモデルナの特許権を侵害と主張
SARS-CoV-2のSタンパク質をコードするmRNAを脂質ナノ粒子(LNP)に封入したCOVID-19ワクチンに関連する技術に係る特許権を保有するプレーヤーは多岐にわたり、互いにライセンス関係を築いていたり緊張関係にあったりと、複雑に絡み合い、特許の藪(patent thickets)となっています。
特に、2022年になってからは、mRNA COVID-19ワクチンに関して、モデルナ社とファイザー社/バイオンテック社の間だけでなく、少なくとも以下の訴訟が発生しており、この分野のプレーヤーどうしのイノベーション創出のための協業フェーズから、ライバル間のビジネス折衝フェーズへ移ったことがわかります。
- 2月、Genevant社及びArbutus社は、モデルナ社のmRNA COVID-19ワクチンが、LNP関連特許権を侵害していると主張して、同社に対して米国デラウェア地区連邦地方裁判所に提訴しました(2/28 Genevant press release; 2/28 Roivant Supporting materials)。
- 3月、Alnylam社は、ファイザー社/バイオンテック社のmRNA COVID-19ワクチン及びモデルナ社のmRNA COVID-19ワクチンが特許権を侵害していると主張して、ファイザー社及びモデルナ社に対して米国デラウェア地区連邦地方裁判所に提訴しました(3/17 Alnylam press release)。
- 7月、CureVac社は、ファイザー社/バイオンテック社のmRNA COVID-19ワクチンが特許権を侵害していると主張して、バイオンテック社に対して独デュッセルドルフ地方裁判所に提訴しました(7/5 CureVac press release)。これに対して、ファイザー社とバイオンテック社は、特許権非侵害を確認する訴訟を米マサチューセッツ地区連邦司法裁判所に提起しています(7/26 REUTERS)。
モデルナはNIHとも共同発明者を巡ってゴタゴタしていますね。
- 2021/12/19記事: モデルナ社 COVID-19ワクチンのmRNA配列に関する米国特許出願 NIHとの協議のため一旦放棄
(10)特許権の効力を判断するのは「誰」?
8月30日、後発医薬品の製造販売の承認を申請したニプロが先発メーカー(特許権者)のエーザイに対して特許権の差止請求権等不存在確認を求めた事件で、東京地裁は、ニプロとエーザイとの間に法律上の紛争が存在することになるものとは解されないと述べました。本件は、後発医薬品を巡る特許紛争において、「二課長通知」(いわゆる日本版「パテントリンケージ」制度の根拠となっているもの)が裁判所の判断に取り上げられた初めての事件ではないでしょうか。
「二課長通知」に基づく判断(パテントリンケージ)は、物質発明や用途発明に係る特許権の効力が後発医薬品に及ぶかどうかという法律上の問題を判断するものです。
しかし、その判断主体は、厚生労働省であり、先発メーカーも後発メーカーもその判断に振り回されている現状が浮き彫りとなりました。
特許権の効力を厚生労働省が公正に判断できるのでしょうか。
このような行政運用がされていることに公正性や透明性の点で大きな問題があるのではないでしょうか。
- 2022/10/22記事: 2022.08.30 「ニプロ v. エーザイ」 東京地裁令和3年(ワ)13905 特許権侵害差止請求権及び損害賠償請求権の不存在確認請求事件・・・抗悪性腫瘍剤ハラヴェン®(エリブリン)の後発医薬品申請時点における訴えの利益
また、もう一つ別の大きな事件で進展がありました。
10月7日、経口そう痒症改善剤レミッチ®の後発医薬品(ナルフラフィン塩酸塩OD錠)を製造販売する沢井製薬および扶桑薬品工業に対して、ナルフラフィンの用途発明に係る延長された特許権を侵害していると主張して、東レが提起した訴訟で、知財高裁は、当該後発医薬品の製造販売の差止仮処分命令を発出しました。
こちらの事件では裁判所による延長登録判断および侵害判断が注目を浴びていますが、実はその背景には、延長登録出願(特許法67条の2第5項によりみなし延長)がなされたことにより「用途特許」がまだ存在していたにもかかわらず、厚生労働省が「二課長通知」のルールに反して(いるように見える)当該後発医薬品を承認したという経緯があり、その後、知財高裁が当該後発医薬品の製造販売に対して差止仮処分命令を発出するという、混乱に至りました。
この厚生労働省の承認判断は、紛争の早期解決と後発医薬品の安定供給という「二課長通知(パテントリンケージ)」の目的に反する非常に大きな問題があったと言わざるを得ません。
特許権の効力を判断するのは「誰」なのでしょうか。
(11)AIが生み出した発明の発明者は「誰」?
9月19日、Stephen Thaler博士は、「発明者(inventors)」は「自然人(natural persons)」、すなわち「人間(human beings)」でなければならないとして同博士の特許出願を認めなかった米国特許商標庁の判断を支持する米国連邦巡回区控訴裁判所の判決を不服として、同裁判所に判事が全員参加する大法廷による再審理を申し立てました。
AIコンピュータである”DABUS”が生み出した発明について、”DABUS”を発明者として特許出願し、多くの国で保護を求めようとしているStephen Thaler博士のDABUS project(https://artificialinventor.com/)に対して、多くの国(裁判所)が、「AIは発明者適格を有しない」との結論を出しています。
日本でも、行政不服審査(不服申立日1月17日)の裁決(10月12日)が公開されました(裁決・文書番号20221003行服特許1)。
確かに、現行の法律またはその解釈としての限界があります。
しかし、現実にAIが単独で発明を生み出すという事実を目の当たりにした時、その生み出された発明はまずは誰のものなのか、どのように法律で保護されるべきなのか、現在の法制度・解釈との矛盾や課題に対して今後どのような制度に改めることが適切なのか、政策を進めるべきなのか、についての活発な議論が今まさに求められているのはないでしょうか。
9/25~11/30の約2か月間、ブログ上にて、「AIが出力した有用なアイデアを発明として特許出願したとき、その発明者は誰だと思いますか?」というアンケートを実施しました。ご回答くださった方、誠にありがとうございました。結果は以下のとおりです。
結果を見て、個人的には意外と票が割れたなあと感じましたが、皆さんはどのように感じましたでしょうか。
このようなAI生成物の創作者問題は、発明に限らず、意匠や著作物といった知的財産一般の問題ともいえるでしょう。
(12)訴訟代理人に「誰」を選ぶか?
9月21日の控訴審判決について興和が上告及び上告受理申立てを行わなかったため、ピタバスタチンを有効成分とする高コレステロール血症治療剤リバロ®の後発医薬品を巡って興和と東和薬品との間で争われていた特許権侵害訴訟事件において、東和薬品の勝訴判決が確定し、約9年にも及んだ一連の訴訟は終結しました。
当初の差止請求事件では興和が勝訴(東和薬品が敗訴)、その後の損害賠償請求事件(本事件)では一転して興和が敗訴(東和薬品が勝訴)するという珍しい展開となりました。
その逆転の理由は、侵害論における東和薬品による特許無効の抗弁の内容の変化にあったといえます。
その無効理由の主張の内容変化に前後して、東和薬品は代理人として新たな弁護士・弁理士を委任していることから、東和薬品の逆転劇には新たな代理人による貢献があったのかもしれません。
(13)受託研究成果物?その発明は「誰」のもの?
9月30日、大阪高裁は、原判決は管轄違いの判決であるとして、原判決を取り消し、本件を大阪地裁に移送すると判決しました。その訴えの内容は、受託側の研究者個人が単独で特許出願してしまったことについて、委託側が契約違反であると主張して損害賠償を求めるものでした。
本件は、公益財団法人神戸医療産業都市推進機構(被控訴人)に研究を委託する契約を締結した医療法人再生未来(控訴人)が、被控訴人の研究者個人が本件契約に基づく研究により得られた発明を単独で特許出願したことは本件契約上の協議義務違反に当たると主張して、被控訴人に対し、債務不履行に基づく損害賠償金等の支払を求めた事案でした。
原判決は管轄違いということで取り消され、訴えの内容については大阪地裁で審理されることになりました。
受託研究で得られた知的財産の取扱いを巡って、委託側と受託側との間でしばしば起こりうる、発明者が誰なのか、その結果、その特許発明を受ける権利の帰属先は誰なのか、という問題が争いにまで発展した典型例といえるのかもしれません。
- 10/27記事: 2022.09.30 「再生未来 v. 神戸医療産業都市推進機構」 大阪高裁令和4年(ネ)1273 損害賠償請求控訴事件 管轄違いで原判決取消し・・・受託研究成果物?その発明は誰のもの?
(14)遺伝子配列のデジタル情報は「誰」のもの?
⒓月7日~19日にカナダ・モントリオールにおいて開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)おいて、とうとう開発途上国側の期待に沿う方向(遺伝資源のデジタル配列情報(DSI)の使用から得られる利益が公正かつ衡平に配分されるべきであることに合意)の内容文書が採択されました。生物多様性条約及び名古屋議定書で扱う「遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分(ABS)」の国際ルールに、遺伝子の塩基配列に代表されるDSIの利用も含まれるとして、その利益配分を求める開発途上国側の圧力は激しさを増していました。
近い将来、国外に由来する生物(ウイルス等を含む)自体を入手しなくても、その生物の遺伝子の塩基配列のデジタル情報(DSI)を利用すれば、その研究、さらにその研究から派生した医薬品等の製品によりもたらされる利益も、遺伝資源の保有国に配分しなければならない国際的な枠組みができる可能性が高まってきました。
12月7日から19日に、カナダ・モントリオールにおいて、生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)が開催され、締約国会議は、遺伝資源のDSIの使用から得られる利益が公正かつ衡平に配分されるべきであることに合意し、多国間メカニズム(グローバルファンドを含む)を構築して、第16回締約国会議において最終化することを決定する、という内容を採択するに至りました。
しかし遺伝資源のDSIのアクセスや利益配分の義務がいつ、どのように発生するのか、多国間メカニズムは一体どのようなもので、どのように機能するのかなど、まだまだ議論・解決されなければならない多くの問題が山積みであるように思われます。
このような状況で、気になるのは、パンデミックを引き起こすようなウイルス等の病原体の遺伝資源及びDSIの扱いです。
将来起こり得るパンデミックという緊急事態に対応するために、ウイルス等の病原体の情報へのアクセスが妨げられてはいけません。
苦しんでいる患者に一刻も早く感染予防策、診断薬、ワクチン、医薬品を届けるためにも、世界中の研究機関や製薬企業が協力して迅速な研究開発を推進できるように、世界各国の代表の方々には適切な国際枠組みの構築を目指してほしいと思います。
(15)酸素を使って火を灯す方法は「誰」のもの?
人類は、炎を生み出し維持するために酸素が必要であることを理解しないまま何千年も火を灯してきましたが、酸素の必要性を最初に発見した人が、「酸素の存在下で炎を灯すことによって火を起こす方法」を特許として独り占めすべきでしょうか。
公衆がすでに用いている物や方法について、その作用機序を解明したり、新たな属性を見出したりした場合に、いかなる要件の下で特許を認めるべきか(あるいは認めるべきではないのか)という論点は、公知の技術にいわば内在していた技術的思想に特許を付与して良いのかということが問題となっているという意味で、「内在同一の問題」と呼ばれています。
内在する特性を明らかにした発見はサイエンスの発展に重要ですが、特許法の下では、それを新たな発明として特許を付与して良いのかどうかには議論があります。
2022年に起きた話題というわけではありませんが、この議論については、近年の新規性の裁判例の判断からも注目されており、ブログでも簡単な記事としてまとめました。
2.2022年、ブログ活動を振り返る
2022年の当ブログ活動を振り返ると、いくつかの特集記事を仕上げたこと、知財系Advent Calendarに参加したこと、ブログ開設15周年を機にプロフィール画像を更新したこと、当ブログを介して様々な方と意見交換をする機会が増えたことなど、とても充実した一年でした。
皆さまは、どんな2022年でしたでしょうか。
特集記事:
- 2022.02.24 「中外製薬 v. 沢井・日医工・日産化学」 東京地裁令和3年(ワ)3816 エディロール®結晶発明に係る延長特許権侵害差止請求事件 -延長登録対象となる発明範囲・延長特許権の効力範囲についての雑感- (2022.04.26記事; PDF)
- 重水素化医薬品の特許的視点 - Austedo®(deutetrabenazine)とCTP-543(deuterated ruxolitinib)を例として – (2022.05.09記事; PDF)
- 「内在同一の問題」 -製薬・バイオテクノロジー分野における新たな科学的発見と公衆衛生との間で揺れる特許保護のジレンマ- (2022.07.27記事; PDF)
ブログ開設15周年記念記事:
- Celebrating 15 Years! – “TOKKYOTEKI” Blog (2022.11.06記事)
【お知らせ】
2023年元旦に、新春クロスワードパズルをブログ記事としてアップする予定です。こたつに入って、みかんを食べながら、ぜひお楽しみください。
それではみなさま、良いお年をお迎えください。
※過去の「医薬系”特許的”な出来事を振り返る。」にもご興味があればぜひご覧下さい。
- 「2021年、医薬系”特許的”な出来事を振り返る。」はこちら
- 「2020年、医薬系”特許的”な出来事を振り返る。」はこちら
- 「2019年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2018年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2017年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2016年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2015年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2014年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2013年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2012年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2011年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2010年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2009年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
- 「2008年、医薬系”特許的”な判決を振り返る。」はこちら
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